指導員コラム(2010年度)
指導員が日々の思いを綴った指導員コラム2010年度版です。
2011年度はこちらです。
基本的生活習慣の指導が、今年もまた始まった。洗濯指導では「服が汚いと気付くところからが洗濯」と話し、トイレ指導では正しいお尻の拭き方を説明し、食事中も目を光らせて、「左手」とか「お椀」とか、気づいたことを注意する。子どもたちには「怒ってばっかりだとしわが増えるよ」と言われながら。それが、毎年の4月の自分だ。
基本的生活習慣は、子どもたちが一年間活動していくための、大切な土台となる部分である。自分の力で最低限の生活をしていくことができなければ、当然それ以上の活動を展開していくことはできないからだ。また、最近になってやっと、この基本的生活習慣が、子どもたちの人格形成の土台であり、その後の子どもの成長を大きく左右するということが、経験的に理解できるようになってきた。同時に、非常に時間のかかる指導であるということも。
とはいえ、子どもたちに指導している自分自身をふりかえってみると、出来ないことばかりで本当に恥ずかしい。気をつけていないと、食事では好きなものを最後に残してしまうし、歯磨き中に喋ってしまうし、無意識に建てつけの悪いロッカーの扉を、膝でしめてしまったりする。大人になってからでは、直すのに大変な努力が必要であることを痛感している。学園生は、子どものうちに正しい習慣を身につける機会をもつことができ、本当に恵まれていると思う。
基本的な生活習慣が身につき、生活の自己管理ができるようになった子どもは、大抵山留生活を心から楽しみ、自分から課題を持って行動し、周りの皆から信用されるようになる。生活の土台が安定することで、その先の活動や、周りのために動く事を考えられるようになるからだ。継続している学園生たちは、年上の子どもたちを見て、それをよく理解している。
今年度は、四人の新入園生を迎え、総勢十一人での生活がスタートした。子どもたちの充実した一年間のため、子どもにも自分にも、厳しく指導をしていこうと心に決めた。 ㋑
萌える山なみの向こうに、残雪輝くアルプスが見られる季節になりました。14期生の生活も2カ月近くが経ち、子どもたちは元気に生活をしています。先日の5月のGWでは3日間の親子行事を開催し、山菜採りやオリエンテーリング等、楽しい時間を過ごすことができました。
この親子行事で久し振りに保護者の皆さんと再会した子どもたち。一様に子どもたちは照れたような顔で親と再会する。そこには『来てくれてありがとう』『もう学園生として1人前なんだから干渉しないで』『寂しかったな』という、個々の色々な思いが交錯した表情がある。よく保護者の方に山留生活でしっかりとやっている事を伝えると、『うちの子は外ズラがいいのかしら・・・』という言葉を聞く。きっと子どもたちもお家にいた時の顔と、センターでの顔が違うのかもしれないし、山留中では学校・農家・センターと生活領域が違う場所では、それぞれの顔を持っているのかもしれない。そういえば指導員が保護者に代わって授業参観に行くと、決まって子どもたちは同じような表情をする。私としては生きる力として、その生活領域に合わせて自分を変化(適応)させる力も多少なりとも必要だと思うが、あまりにもセンター内と外で顔が違うのも困りものだ。
センターは家庭であり、指導員は保護者の代わりであると自負しているつもりだが、学校の懇談で、『うちの子は外ズラがいいのかも・・・』と保護者の方と同じことを言っている自分に笑ってしまう時もある。『おいおい、もうちょっとセンターにいる時みたいにしっかりやってくれよ』と、逆に『学校にいる時みたいにセンターでも行動してくれよ』と思うこと暫し。
『ああこれが親の気持ちなんだな』と思う。そういえば最近、子どもたちが咄嗟に私を呼ぶ時、『お母さん!あっ違った、青ちゃん』とか『お父さん!あっ違った、青ちゃん』と間違える。私は『あはは』と笑いながらも、ちょっぴり嬉しい自分がいたりする。だってその時の顔が一番落ち着いているから。 ㋐
最近、なんとなく様子が変わってきた子がいる。これまでは比較的素直だったのに、ちょっとしたことでイライラし、反抗的な態度を見せる反面、今までにないような形で他者への気配りを見せる。その変化に「反抗期?これからどのように指導したら良いのか」と、正直焦った。数日後、他の職員と話し合う中で、その子が『自分の考えている「理想の自分像」と、現実の自分との間にギャップを感じ、それを何とかしようとその子なりに必死にやっている』と言われ、ハッとした。「そうか!」という気持ちと、それに気づけなかった恥かしさだ。「指導」を考えるあまり、その子本来の姿を見失っていた。そして、その子の心がそんなにも成長し、自立に向けて進んでいたことをとても嬉しく思った。
子どもたちは、一年間の集団生活で、否応なしに自分と他者との違いを感じ、その中で改めて自分本来のあり方を見つける。そこからその子の本当の成長、自立が始まる。子どもが自分で作り上げた人間関係の中で、自分の力で学んでいくのだということを、今回目の当たりにした。最終的な自立は、その子自身の力で行うのだ。指導員は手を貸すことはできないし、する必要もない。
普段「この子にはこうなってほしい」という理想像を持ちながら、毎日子どもたちと生活し、指導を行うわけだが、猪突猛進タイプの自分は、そう思うあまりどうしても視野が狭くなりやすい。自分の気持ちに余裕がないとなおさらだ。でも、大切なのは子ども同士学び合える人間関係を作れる環境作りと、その学びに気付かせること。これまで先輩の指導員方から言われ続けてきたことが、遅まきながらようやく理解できた。
子どもの成長を長い目で見て「今必要なこと」と、子ども自身が感情的に「今求めていること」は違うし、それは子ども自身もわかっている。イライラと感情のはけ口を求めながらも、成長するために自分自身が行動しなければ、という思いを持っている子ども。その子の成長のために、指導員として何ができるのか、子どもと向き合いながら考えていきたい。 ㋑
梅雨明けをして、こちら大岡でも日中は25度前後と暑い日が続いています。それでも夜になれば17度前後まで気温が下がり、窓を開けていると少し肌寒いくらいです。夕刻になると蜩の音とともに陽が沈み、それと入れ替わりにホタルが飛び交っています。
入園して4カ月が過ぎ、子どもたちが楽しみにしていた帰省となりました。子どもたちはセンター・農家・学校という環境の違う生活領域の中で、親元を離れて、なるべく自分の力で生活をするということ、集団生活の中で相手の気持ちを考えて行動することを中心に生活してきました。きっと本人も自覚できないような疲労がたまっている事と思います。短い夏休みですが、自宅に戻りましたらゆっくりと休養をとり、エネルギーをためて2学期に集合して欲しいと思っています。
センターでは毎月1回農家会合を開いて、子どもたちの農家での様子・センターでの様子・学校での様子を話し合う機会を持っています。農家の父さん母さんと子どもの様子を共有し、指導にあたるためですが、『うちの子は~~頑張ってるだ』『うちの子は、この前は~~の手伝いをしてくれて』という子どもたちのプラス面や『さっぱりうちの子は勉強しないねぇ』『この前はいいかげん掃除をしないから注意してやっただ』と指導を要する話題もたくさん話し合われます。農家の父さん母さんも自分で預かっている子どもだけではなく、学園生全員に対して気にかけて下さっていて、『そういう時は、こうしたほうがいいだよ』と、子どもたちの指導に関しても多くの助言を頂きます。そして何より、本気で子どもたちのことを考えて、叱って下さっていたり、誉めて下さっている農家での日常が目に浮かぶ会合でもあります。多々センターでの指導不足を痛感すること然りですが、人様の子を預かる気苦労の上に、我が子のように、子どもたちに対して、愛情を持って接して下さる姿勢にただただ脱帽です。そして何より『まぁ4カ月しか経ってないし、そう焦らず1年後か2年後に成長できてればいいじゃねぇかい』と待ちの姿勢で、余裕を持って子どもたちを支援して下さる姿勢に、指導員としても学ぶことの多い時間でもあります。やっぱり農家の父さん母さんはすごい。 ㋐
「聞いて!Aが登山の後から急にいい子になったんだよ」センター入りの日、学校から帰ったばかりの子どもたちが、口々にそう言い始めた。数日前にあった学年登山以来、重い物を持ってくれたり、大変な役目をすすんでやるようになり、何かがのり移ったのかもという。そこまで言うのはちょっと失礼じゃないかと思ったが、確かに、言われてみれば変わった気もする。だが、正直「登山したからってそんなに急には変わらないでしょ」と思った。
今年の学園登山は9月4~5日。目指すのは唐松岳だ。リフトを降り、1時間も歩かないうちに、Bから、「もう無理」「死にそう!」とたびたび声が聞こえてきた。小柄なBは学園生の中で唯一の登山初経験者。「登れないかも」という不安が、彼に弱音を吐かせていたのかもしれない。だが、そのまま登り続け、3時間程たったころ、Bが、「ぼくこれ自慢できるよね」と言った。「これだけがんばったっていうことを?」「そう」。Bの中で何か変化が起こった、と感じた。
活動の翌日から、Bの行動は大きく変わった。特に、これまで目標を決めながらも、なかなか始められないでいたことに、自分から取り組み始めたのには驚いた。その姿を見て、「Bに必要なのは自信だったんだ」と思った。AもBも、自分に自信がないところがあって、何かをやる前から諦めてしまう傾向がある。彼らは、登山という厳しい活動を乗り越えた自分に、「やればできる」と自信を持つことができたのではないか。
4月から、私が目指していた彼らの前向きな姿。たった2日間の登山で、2人は自力で身につけてしまった。自分の力のなさと、自信を持つことの大切さを痛感し、これまでほとんど興味のなかった登山に、急に興味がわいてきた。苦しみながら登る姿を、助けるのではなく見守り、自力で登るのを待つこと。私にはそれがちゃんとできるようになるだろうか、なんだか自信がない。でも、AやBを見習って、できるようになるために、一歩踏み出そうと思った。 ㋑
記録的な残暑がつづいた8月末から9月初め。大岡でも日照りと汗ばむ日が続いていましたが、登山活動が終了してから、一転寒気が入り込み、秋の気配が濃く感じられるようになった。朝のつどいの気温は7度。足早に秋が過ぎ、冬の訪れを感じるのも間もなくなのだろう。 先日、農家会合があり、農家の方々が『今年の夏は短期の子や、グリーンツーリズムの子どもたちを預かって、子どもたちの出入りが本当に忙しかったけど、ふと留学生が帰ってくると、しみじみ留学生はしっかりしていて大人だなぁと思っただ』と話して下さった。この夏休みは、2つの短期プログラムの子どもたちや、修学旅行等の子どもたちが大勢農家にお世話になった。1泊~2泊という短い期間だからしょうがない部分もあるとは思うが、挨拶・基本的生活習慣・人の気持ちを考える・意欲・活力、どの力を考えても、『同じ学年なのに一回りも二回りも大人で、留学生の成長はすごい!』ということだった。確かに、留学生は親元を離れて、長期間集団生活をしているので、挨拶や基本的生活習慣、人の気持ちを考える力の定着がみられるのは明らかなのだが、私が気に留めたことは、意欲・活力・という言葉だった。なぜ、同年代の子どもたちに比べて留学生の意欲・活力が高いのか。それは四季折々に変化する自然の中で日々生活し、思う存分の自由遊びを通して、育まれる力があるからではないかと思う。子どもたちが、自然から与えられる、予測不能な無限の情報から、取捨選択をしながら遊びを創造していく体験。これは子どもにとって不可欠な成育条件と考えている。しかし、その遊びを通して育まれる力は、子どもの心の安定という土台があって、初めて育まれるものである。この安定した土台とは何なのか。それを構築するファクターとは何なのかと最近よく考える。当然ながら、幼児期の安定した生育環境が大切だと思う。そして、それと共に子どもが身につけておかなければならない力、それはその土地の文化史的環境構成の中で育まれる、基本的生活習慣、耐性、社会規範等の、外部から指導を受けて身に着けなければならない力が必要と考える。自分から進んでできる挨拶や、身の回りの整理整頓、やりたいことを我慢する力、人の話を聞く力、ルールを守ること、克己心、奉仕の心、具体的に書けばきりが無いが、いわゆる一般的に躾として身に着けなければならない力が、心の安定に必要な大きなファクターであると思う。 大岡と言う素晴らしい文化史を持った環境で生活を送る子どもたち。そして自然に寄り添いながら、その文化史を紡ぐ大岡地域の人々。その中に存在する、センター・農家・学校で手を携えて、子どもの環境を整えていかなければと切に思う。 子どもの心の安定があって、初めて遊びが活きるのである。そして、そこから意欲・活力が生まれるのだ。 ㋐
センターの裏山に据えた、子どもたちと一緒に埴菌したシイタケやナメコの原木から、毎日のように大量のキノコが収穫できる季節になりました。大岡の地域全体が収穫で活気づき、センターの食卓には新鮮な採れたて野菜が並びます。今回のセンター活動では薪割り活動があり、保護者の皆さんをはじめ、修園生保護者・修園生・ボランティアと大勢の皆さんが、遠くから参集して下さり、学園の冬支度をお手伝いして頂きました。また、薪割りに引き続いて大岡地区体育大会にもご参加いただき、本当にありがとうございました。体育大会での用具係や審判などもボランティア・修園生の皆さんが活躍して頂いたので、地域の方々もとても喜んでいました。
さて、今回の地区体育大会で初めて、ゆめっこくらぶとして、子どもたちが体育大会の最後のプログラムで沖縄のエイサーを披露しました。地域の皆さんへのゆめっこくらぶの活動の周知と、新たな加入への勧誘活動でもあったのですが、三味線を弾く子どもたちの横で指笛を鳴らしながら、会場をみて驚いたことがあった。それは大きなグランドの真中で、20数名の子どもたちが踊っている姿を、体育大会に参加した400名近くの住民の方々が、全員注目しながら演舞を観て下さったことだった。当たり前と言われればそれまでだが、毎年、体育大会の最後の競技ともなれば、各地区のテントを片付けたりござを片付けたりと、帰る支度をしながらの観戦で、きっと今回もエイサーが始まるころには、全員が帰る支度を始めて、演舞を観るどころではないのでは?という不安があった。しかし、子どもたちの活気ある踊りに、吸い込まれるように住民の皆さんが演舞に見入り、最後は一緒に手踊りまでしていた姿は、私にとっては驚きと共に、『やっぱり大岡は、子どもをいつも中心に据えた文化があるのだな』と昔ながらの文化が継承されていることに、安堵する部分があった。何を差し置いても子どもが中心。という地域文化に育つ子どもたち。それは今後も綿々と受け継がれていく文化として、その場に身を置いた子どもたちは、肌で感じ得ているはずなのだ。そしてその体験こそが、地域にとって、そして子どもにとって、心の宝として根付いていくものだと確信している。 ㋐
お手本
長雨や残暑の続いた9月だったが秋分の日を境に、ぐっと気温も下がり、聖の山々の色も変わり始めて秋の装いとなった。そろそろ暖炉にも火を入れる日が近いので、薪割りの準備を進め始めなければ。 学園の薪割りは学園生・保護者・修園生・ボランティアと総勢60名という大人数で6tの薪を割っていく。今年もきっと大勢の方々が学園に集まって下さるだろう。 学園にはボランティアとして登録している、修園生や一般の方々が80名ほどいて、学園の大きな活動である薪割りや連休行事、収穫祭などに、全国各地から駈けつけて下さり、行事を陰日向と支えて頂いている。高校生・大学生・社会人と年齢も様々で、職種も教員・宮大工・サラリーマン・看護士などそれぞれ多岐にわたって活躍している方ばかり。学園として、どうして大勢の方々に、このようにお手伝いをお願いしているか・・・。それは学園生に、なるべく多様な価値観と生きざまを持った大人に触れ合って欲しいからなのだ。そしてその触れ合いの中から、自分のお手本となるべく大人を見つけて欲しいと考えている。私自身も中学時代に多大な影響を受け、生き方のお手本となるべく人との出会いがあった。今でもその方の影響は自分に色濃く残っていると思う。当然ながら父や母から受けた影響も大きいが、子ども時代にそのような大人と出会うことは本当に大切な体験だと思っている。子どもたちは、これからどんな大人になっていけばよいのかというお手本を、身近に出会う大人に求める。こんな時、あの人ならどう考えどう行動するだろうかというお手本となり、子どもの人生や人格に大きな影響を与えていく大人を、その子どもにとってのカリスマティック・アダルトという。それが親であることは多いだろうが、そうでない場合もある。一人の大人との出会いが、子どもを大きく変えることもある。そんな出会いの場の環境を、たくさん作りたい。さて私は・・・。 ㋐
私が大岡に来て、七ヶ月の時が過ぎました。この七ヶ月の間に、普段のセンター活動に加えて、GWの親子レク、薪割り、そして今回の収穫祭、と大きな行事がいくつかありました。これらの行事を成り立たせるために、重要なのがボランティアさん(ボラさん)の存在です。ボラさんは、修園生やその保護者、外部の社会人の方など様々です。今回はそんなボラさんのことを書きたいと思います。
私が初めてボラさんと一緒に仕事をしたのは、GWの親子レクでした。その時は、まだまだ仕事にも慣れていなくて、どうゆう風にボラさんに指示を出したらいいかわからず、更に初対面の人ばかりで、どう接していいかもわからず、戸惑いばかりでした。「指示の出し方もわからないし、自分一人でやった方が楽なのに。」と、失礼なことを思ったのを今でも覚えています。そんな態度が出ていたかもしれません。それでも、ボラさんたちは嫌な顔ひとつせずに、一緒に仕事をしてくれました。
それから私も仕事に慣れていったのもあり、自分が動くのではなく、自分は指示をして動かすことが大切なのだということがわかってきました。しかし、自分があまり動かない分、ボラさんたちには大変な仕事をやってもらわなければならなく、辛い気持ちもあります。特に収穫祭では、大量の調理器具や皿の洗い、ゴミ箱満杯になった生ゴミの片付け、床掃除など裏方ですが、大変な仕事がたくさんありました。でも、誰も「疲れた」とも言わずに最後までやりきってくれました。収穫祭が終わって、私の中に一番残った気持ちは「ボラさんへの感謝」の気持ちでした。厨房の仕事は本当にボラさんなしではできません。お礼を言うことしかできないのが悲しいですが、精一杯心を込めて、「ありがとう。また来てね。」という言葉を伝えました。また次の行事でも来てほしい、本当にそう思いました。いつも先輩指導員が言う「ボラさんはセンターの宝物」という言葉を実感している今日この頃です。 ㋚